コナンは非常に苛立っていた。放課後を迎えると、元太たちの呼び止める声を振り切って、全速力で家へ向かった。毛利探偵事務所ではない、実家の方だ。
「赤井さん! どういうつもり!?」
 身を隠しているとは思えない、陽が高いうちから優雅にウィスキーを嗜む赤井に会うなり、コナンはその膝に身を乗り出して噛みついた。
「なんの話だ?」
 沖矢の顔で赤井の声を聞くことがこんなに腹立たしいと思ったのは初めてだった。
 コナンは赤井の不遜な態度にひとしきり髪をかきむしってから気持ちを落ち着かせ、意識して低い声を出した。
「……染井を巻き込むなって、言ったよね」
「ああ、聞いていたのか。かわいい後輩に盗聴器を忍ばせるとは、手癖の悪いボウヤだな」
 赤井にそこを詰られるのは心外だった。昨夜の尋常でない様子の染井に対して、コナンとしては当然の対応をしたまでだ。
「君がそのように過剰な反応をするから、少し心配になっただけだ。もう関わらないよ」
「……心配?」
 コナンは声を震わせないようにするのに必死だった。日本を離れて長かったくせに、随分日本語が上手だなとひねくれる。
「赤井さんには教えたよね。染井の身にあったこと。あいつはそれ以外では、普通の高校生でしかないよ」
 あるいは普通の高校生であることを、どこまでも望んでいる。
 コナンは目を伏せた。
 あのときのことを考えると、いつも血に染まった染井の手を思い出す。それから、無力な中学生だった工藤新一を。
 赤井がグラスをローテーブルに置いて、長い両指を膝の上で組んだ。
「その件で、ひとつだけ確認しておきたいことがある」
 沖矢の細い目から緑色の光が覗く。その冷徹な眼差しを、コナンは同じだけの力で見返した。
「彼は本当に被害者か? あるいはそれとも……」
 それ以上は聞きたくなくて、コナンは赤井の言葉を手振りで止めた。
 赤井は染井を見て何を思ったのだろうか。何に気づいたのだろうか。
 やはり、この抜き身の刀のような男と会わせるべきではなかったのだ。コナンは目の前の事件ばかりを追っていた昨日の自分を罵った。
 コナンの考えは決まりきっている。
「あいつは犯罪被害者だよ。もうずっと、いまでさえも。それに苦しめられている」
 染井吉野には、平凡で、ありきたりな、でも幸福な生活を送らせる。それが工藤新一にできる、ただひとつのことだから。
「ねえ、赤井さん。あの現場にナイフなんてなかったよね?」
 黒い銃口が染井にまっすぐ向けられていたときの心境を、コナンは切実に訴えたい思いでいっぱいだった。

夜をそそぐ・了 1 / 2 / 3 / 4
(タイトルはまよい庭火さんより)