「ヴォルデモートが復活した」
 絶望が聞こえる。
 ブリジットは悲鳴を上げることもせず、暗い天蓋の木目を睨み、悪夢が通り過ぎるのをじっと待った。

 セドリックがクィディッチの選手に選ばれた。おめでとう、と告げた言葉が強張っていないか、何度もその手でスニッチを掴んだ瞬間を知っているのだから当然だという気持ちがにじんでいないか、不安でならなかった。
 彼が一年生の頃から空き時間に練習に打ち込んでいたのをブリジットは知っている。夢で見たのではない、空高く舞い上がる箒の小さな点を地上から固唾を飲んで見守っていた。一瞬でも目を離した隙に落ちるかもしれない、マダム・ポンフリーにも治せないような怪我をするかもしれないという不安は飛行技術が上達するごとに増していった。危険な技の連続に思わず叫んだことも、涙を流したこともあった。それでも、セドリックはクィディッチの練習に熱中し、数少ない切符を勝ち取った。
 セドリックが選手になって以来、ブリジットは一度も競技場へ足を向けたことがなかった。冷たいのね、と軽蔑を示す下級生もいた。試合を見てすっかりファンになった下級生たちは、セドリックの切り傷ひとつ、打ち身ひとつでどれほどブリジットが狂乱するかをまだ知らなかった。
 普段よりひと気の少ない図書室に息を弾ませた少年が駆け込む。少年だと思いたいのはもうブリジットだけかもしれない。彼はクィディッチ用の目の覚めるような黄色いローブを身にまとい、このときばかりは図書室の支配人も見て見ぬふりをしてくれた。
 柱に寄りかかってページをめくっていたブリジットは顔を上げ、視界をじわりとにじませた。その両手からそっと本が抜き取られる。
「濡れてしまうよ」
「……セドリック」
「うん、僕はここにいる。ほら、約束通りどこにも怪我をしていないよ、見てごらん。だから、きみはもう泣かなくていいんだ」
 外の空気に冷えた指先がブリジットの目尻を拭う。ブリジットはその手を両手で握りしめ、肌の下から伝わる体温を、脈打つ血の巡りを感じて最後の涙をこぼした。
 生きている。そのことを、たったそれだけのことを、歓喜に湧く寮生たちの輪から抜け出して一番に伝えに来てくれた。
 誰のためでもない、いつも横でめそめそと泣く違う寮の友人のために。
「わたし……セドリックのことを信じたい」
 セドリックは目を見張り、それから優しくほほ笑んだ。
「きみは気づいていないかもしれないけどね、ブリジット。僕がクィディッチ選手になれたのは、きみが僕に勇気をわけてくれたからだ」
「わたし、いつもグリフィンドールのうるさい男の子たちから臆病者と言われるの。あなたにあげられる勇気なんて、ひとつも持ち合わせてない」
「でもきみは、もう僕のことを信じてくれていた。ホグワーツでは一番に……父さんと母さんの次に僕のこと信じてくれただろう。それがどんなに力になったか」
 セドリックの後ろでは、お祝いの言葉をかけたくて仕方のないハッフルパフ生たちがそわそわと待っていた。
「またあとで話そう」
 涙に濡れた頬にキスを落とし、ブリジットの代わりに重たい本をもとの場所に戻すと、セドリックは大勢の友人に囲まれて書架の向こうへと消えていった。
「セドリック……」
 目の前から姿が見えなくなると、途端に心配の芽が一斉に吹き出す。今は無事だが、次の瞬間にはどうなるかわからない。そうでなくとも少しずつ、螺旋階段を上がるように一歩ずつ、セドリックの様子がまぶたの裏の面影に近づいている。
 セドリックがクィディッチ選手に選ばれたことについて、まったく驚きはなかった。夢のなかで何度でも、彼が競技場を自在に飛び回る姿を、箒を手に自己嫌悪で沈む姿を、仲間の健闘を称えて笑い合う姿を見ている。それと同じように、彼はきっと監督生にもなるのだろう。クィディッチのキャプテンにもなり、寮監に信頼され、上級生に可愛がられ、下級生にも慕われ、そして炎のゴブレットから代表選手として選ばれる。
 三大魔法学校対抗試合。それが悪夢の見せるまやかしでないことを図書室の片隅で埃を被っていた一冊の本が教えてくれた。古くさい伝統、そこで断ち切られた若い命とともに誰もが歴史の彼方に置き去りにしてしまった、ゴーストたちの間でしか話題にならないような昔のできごとが現実にあった事実として記されている。

 ブリジットはゴーストが苦手だ。平穏を愛する多くの生徒はピーブズに関わるのを嫌がったが、ブリジットは彼だけでなく、魔法史のビンズ教授も、自寮を担当する灰色のレディのことも極力視界に入れないよう努めてきた。
 ゴーストは死そのものだ。あまりにも軽やかに、何の気もなく、一線を超えた先にある重い憂鬱を彼らは生前そのままに飾り立てて生者に披露している。目が覚めている間も悪夢の記憶を忘れないでとささやきかけてくる。ブリジットは、ホグワーツに入学するまで自分がこのような考えを持つなど思いもしなかった――他の多くの憂鬱と同じように。

 女子トイレに住む嘆きのマートルがセドリックの行く末と重なったことすらあった。穏やかでおっとりした新入生のセドリックには同じ気性を持つ友人たちの輪ができつつあったが、彼がひとりぼっちのマグル生まれのスリザリン生に声をかけたその日から、スリザリンの上級生にささいな因縁で絡まれるようになり、他寮生とのはじめてのいざこざにどうしてよいかわからないハッフルパフ生たちは彼を遠巻きにした。集団生活で直面した異様な雰囲気に、ブリジットは泣くこともできなかった。
「どうしてセドリックは友だちから無視さないといけないの? どうしてあなたは嫌味な先輩に言い返さないの? どうして誰も、マグルと魔法族の違いについて真剣に考えないの? 『例のあの人』のマグル嫌いはどこまで禍根を残しているの……あの人はいずれ戻ってくるというのに!」
 スリザリンの一年生は蒼白な顔で迫る他寮の同級生に怯えてセドリックの背中に隠れてしまった。ブリジットは同じ態度でスリザリンの上級生の黒いローブを捕まえ、数十年に渡って水浸しの女子トイレのありさまを滔々と語った。嘆きのマートルの生い立ちと彼女の死因、当時のホグワーツを騒がせた魔法生物の脅威、いまだ古城にはびこるその影響。
 いじめでセドリックが死ぬかもしれない。あまりにも深刻に悩む一年生の女子生徒にスリザリン生たちは鼻白んだ。
「ねえブリジット、あなたが純血主義に凝り固まった先輩たちを言い負かしたってほんとうなの? あんまり論理的ではなかったらしいけど」
「わたしの知ってることを伝えたら、手を引いてくれただけなの。でも喋っているうちにわたしの知らないことがもっと増えた気がする」
「危険よ。とっても危険です。穴だらけの弁論はいつか自分に返ってくるわ」
「あら、そんなこと言ってしまうと」
「……わたしのせいでセドリックが死んだらどうしよう」
 ブリジットの友人たちは顔を見合わせ、いつものことだと肩をすくめた。
 一年経っても、二年経っても、ブリジットの心配性は治らないどころか悪化した。泣き虫と笑われることは少なくなり、むしろそうした立場の下級生の面倒を積極的に見るようになったが、その裏ではしっかりと打算が働いていた。
「わたし、監督生になりたいの」
 図書室でお互いのレポートを添削し合いながら、相手にだけ聞こえる声でこっそりとささやいた。
「寮の談話室で周りを見渡してみたらね、首席になるのはとても難しそうだと諦めたけど、首席と監督生が同じとは必ずしも言い切れないらしいの。特にレイブンクローでは」
ブリジットならきっとなれるよ。きみはいつでも優しいから。それに首席だって、ほら、僕では朱筆を入れるところがない。スネイプ教授でも難しいんじゃないかな」
 穏やかな笑みとともにきれいなままのレポートを返されて、ブリジットは赤いインク壺に浸していた羽根ペンをそっと机に置いた。こういうさりげなさで組み分けられた寮の違いを突きつけられることがある。セドリックと同じ寮に入ってみたかったという気持ちがしぼんでいった。自らの知識をひけらかしたいというよりも、友人より優れたところを見せたいという欲求を自覚して恥ずかしかった。
 どちらが格式あるホグワーツの生徒に相応しいか、火を見るよりも明らかだった。あの炎を見るまでもなく。
 燃え盛るゴブレットの炎がまぶたにちらつく。
 首席はブリジットの目標ではない。彼女の目標はただひとつ、いつか不幸な出来事に遭遇するかもしれない友人よりも優れた魔女になることだ。優秀な魔女となって、自分こそが三大魔法学校対抗試合のホグワーツ代表選手に選ばれる。その先に待ち受けているのが何であろうと、ブリジットは悪夢に怯え、それを払い除けようと抗うのではなく、悪夢を手本とすることを学んでいた。もっとも相応しい参考書は夜毎ブリジットの目の前に広がっている。
「……わたしはただ、あなたの真似をしているだけよなのよ、セドリック」
 より下級生に慕われているのは当然ながらセドリックの方だった。一年生にしてすでに備わっていた彼の優しさはスリザリンの間でこっそりと語り継がれ、寮の垣根を越え、マグル生まれの男子生徒がときおり彼のもとへ相談に訪れた。
 あのハリー・ポッターもそのうちのひとりだった。
「やあハリー。今日はどうしたんだい?」
「うん、ちょっと……教えてもらいたいことがあって」
 ハリーは照れたようにはにかむと、ブリジットをちらりと見た。
「わたしはフリットウィック教授に呼ばれているから、先に行くわ。またね、ハリー」
 手を振り返してくれたふたりが誰かの名前を言いながら書棚の本をひとつひとつ確かめていくのを、ブリジットは不安に満ちた眼差しで見つめた。
 生き残った男の子のことを「思ったより大したやつじゃなかった」と日刊予言者新聞のスクラップブックを片手にがっかりした生徒はレイブンクローの現実主義者のなかにも存在した。夏休み前の学期末試験で忙しい日々の息抜きに、もうすぐ十一歳となる少年がみなの期待通りホグワーツに入学するのか、それとも海外へ飛び立ってしまうのか、はたまたもうすでに魔法省の各部局から勧誘されているのだと訳知り顔に噂する声もあった。壊れかけの眼鏡をかけて栄養不足を疑うほど痩せ細った男の子に対して、これが自分たちの英雄だと認める者は現れなかった。
 ブリジットにとっても、ハリーは英雄ではない。彼はむしろバンシーに等しかった。悲しみに満ちた歌声によって死を予告するように、くしゃくしゃの髪を振り乱し、絶望に浸った声でセドリックの死を告げる。
 そして亡者の復活を。

「ちょうどよい頃合いに来たの、ブリジット
 背の低い寮監のために積まれた小箱をテーブル代わりに、魔法の杖もなくマグル式の変わったやり方でティーカップに紅茶がそそがれる。しわがれた手が星柄のポットを置き、その指が向かいの席を指し示した。
「座りなさい。フリットウィック先生から君のことをよろしく頼まれている。何やら相談ごとがあるようじゃの、だがその前に、ひとときの団らんと洒落込もうではないか」
 ブリジットは思いがけない人物の登場にふらりと足をよろつかせた。本来そこにいるはずの半小鬼は姿が見えず、呪文学の研究室には豊かな白い髭を膝に流したダンブルドア校長が座っていた。子どものようなきらきらとした目がブリジットを見つめている。
「……あ、わたし……わたし、教授に進路の相談をしようと思って」
「感心なことじゃ。その年齢で自らの将来についてじっくりと考えてみようと決心するには、世の中なんと甘い誘惑が多いことか。わしもほれ、若い頃はいかにして百味ビーンズからゲロ味を取り除くかに熱中しておった」
 カラフルな箱を差し出され、ブリジットはぼんやりとした頭のままにそのひとつを指でつまみ取り、手ずから淹れられた紅茶に口をつけた。渋く深みのある味わいに、混乱した思考が明瞭になるどころかますます靄がかるように霞んでいった。
「ポピーからも聞いているよ、君にはマダム・ポンフリーと言った方が馴染みがあるかの。低学年のうちからこれほど熱心に癒者を目指す生徒は久しぶりだと喜んでおった」
「友だちの難しい病気を治したいんです。でもマダムからは、わたしに才能があるかどうかはわからないと言われました」
「うむ。彼女は優秀な癒者じゃが、目利きの試験官ではない……おっと、なんと! 百味ビーンズはマーマレード味じゃった。今日は幸先がよい、このひと粒の幸運が、多くの不幸を退けてくれるのじゃ」
 ブリジットも砂糖菓子を口に含んだ。舌で転がし、奥歯にあて、何とも言えない顔で黙り込む。
「ほっほ、外れを引いてしまったかの?」
「いいえ、あの……」
 ブリジットは舌先でもう一度味を確かめた。
「わたしも、マーマレード味でした」
「なんとまあ」
 幸運がふた粒。ダンブルドアが杖を振ると、部屋中に散らばっていた小箱が片付けられ、山積みになっていた呪文学の教科書が本棚に収められ、百味ビーンズの箱がどこかへと消えた。そして紅茶だけがまだ湯気を立てている。
 部屋から雑念が取り払われると、否が応でもダンブルドアの存在を意識させられた。
「君は一年生の頃から不幸に取り憑かれている」
 出し抜けにはじめられた本題に、ブリジットは恐慌するよりも先に安堵した。悪夢から覚めたあとの恐怖よりも、睡魔に抱きつかれながらこれからほんとうの魔物と夢のなかで戦わねばならない恐怖の方がよほど心を苦しめていた。
「知っています。当時の監督生の先輩は、わたしにトレローニー教授の占い学を受講するよう勧めました」
「だが君は三年生の選択科目でそれを選ばなかった」
「はい、その……ほかの先輩たちから、あなただけは絶対にやめた方がいいと力説されましたから」
 ダンブルドアは短く頷いただけだったが、それはどこか「まったくもって正しい忠告を受けた」と喜んでいるようでもあった。
「君はハッフルパフの友人を失うことを何よりも恐れている。一年の大半を過ごすホグワーツにどれほど未知の仕掛けが施されているか、古い魔法の抜け穴にどんなものが考えられるか、その優秀な頭脳で答えをいくつも導き出そうと懸命に学んでいる。ふむ、かのマローダーズたちにも成し得なかったことを、君はたったひとり、その歳で、成し得ようとしているのかもしれん。死の影を恐れるあまりにの」
 その言葉の響きには賞賛と叱責が絡み合い、軽やかな調子でありながら重く室内にわだかまった。
 悪いことをしているつもりはなかった。闇の魔術はブリジットの真の敵だ。毎年のように交代する防衛術の教授に代わって、いつからかレイブンクローの生徒たちは独自の科目を設けていた。レイブンクロー式の闇の魔術に対する防衛術。授業作りも課題設定も試験官役も、在校生の持ち回りだ。まだ三年生ながら、ブリジットはその運営側として参加していた。
 それでいてなお、首席には手が届きそうにない。オリーブの葉冠は別の者の額に飾られている。恐怖心と強迫観念だけに突き動かされて逃げ惑うブリジットに栄光は輝かなかった。
 いずれセドリックには監督生という名の栄誉が授けられる。少なくとも、ブリジットはそこにたどり着かなければならない。彼に並び立ち、先を行く魔女とならなければならない。三年生にまで上がれば、魔法使いとしての素養の優劣は自ずと見えてくる。努力家のブリジットの友人は、ハッフルパフ生と侮られていた一年生の頃よりも周囲から注目を浴びていた。
「ときにブリジット、君は四階の廊下へ立ち入ったかね」
「はい、あの……」
 ブリジットは手もとの紅茶を盗み見た。法律で使用が厳しく制限されている真実薬が混じっているのではないかと疑いを持ち、目をつむり、ひと息にそれを飲み干した。
「あの、わたしの恐怖の正体が何であるかを確かめるために、禁じられた場所へ行きました。かかっていた目くらましの魔法はそれほど強力ではありませんでした……同じものを、私はかけ直せたと思っています」
「そこで君は何を見た?」
「ケルベロスです」
「ふむ」
 ダンブルドアの透き通った青い瞳がブリジットの心の奥底を覗き見た。そのままずっと悩まされ続けている悪夢の根源をも取り除いてほしいと願ったが、魔法の瞳はすっと遠ざかっていった。
「君は入学したときに組み分け帽子と話した内容を覚えているかの?」
 まるでそれ以外のことについてはよくよく覚えていると知っているような口振りだった。ブリジットは首を振って答えた。
「いいえ、あまり。緊張していたんだと思います、気づいたらレイブンクローに組み分けられていました」
「そうじゃな、君は長くはかからなかった。あのとき君はどの寮の素質も併せ持つ平凡な女の子じゃったが、長くその務めを果たしてきた組み分け帽子は優れた才能の芳香を即座に嗅ぎ分けてみせた。……まったく見事な采配じゃ」
「校長先生は、もしかして全員の組み分けを覚えているんですか?」
「もちろんじゃよ。これまで入学してきたすべての生徒の記念すべき第一歩を記憶している。きみのことも、きみの大切な友人たちのことも」
 ダンブルドアは窓の外を眺め、長話が過ぎたようだとつぶやいた。気づけば西の空に青と黄色の透き通ったインクが落とされ、遠い山脈の影まで美しくにじんでいた。
「これだから老いはまことに厄介じゃ。昔のことを懐かしむだけで日が暮れてしまう。さてさて、夕食を食いっぱぐれてはいかん、今日のお茶会はこれまでとしよう」
 それを合図に小箱や書籍がひとりでに歩き出し、再びもとの雑然とした呪文学の研究室の雰囲気に戻った。
「あの、校長先生」
 ブリジットはまだダンブルドアの前を立ち去り難かった。
 ホグワーツに入学して三年の月日が過ぎようとしている。残された時間はあと何年か、もう猶予はあまりなかった。
 狙い澄ましたかのようにブリジットの前に現れたダンブルドアに、お前の妄想は杞憂だとたしなめられるのかと思っていた。あるいは大人の魔法使いに悪夢の記憶を引き継いでもらいたかった。だが、どちらについても言及されることはなかった。悪夢を肯定されることも、否定されることもなかったことはブリジットに強い衝撃をもたらした。
「わたしは……間違った道を進んでいるのでしょうか。もっと違うことに、違う意味あることに専念すべきでしょうか」
 そうだと言ってほしかったが、夕闇の迫る室内で、ダンブルドアの顔がふと陰った。それは窓辺にかかる木立のいたずらか、単純な雲の運行か、それとも何かの予感が賢者の胸に巣食っているのか、昼と夜の狭間に静かな声が降り落ちた。
ブリジットよ、どのような道に迷い込んだとしても、それがどれほどの険路であったとしても、我々は自らの手でひとつひとつ石敷きを並べるしかほかに方法がないのじゃ。正しさは振り返ったときにしかわからぬもの。だがな、石敷きを並べる手を怠れば、それはすぐさま隙間から忍び寄る……ふむ、きみを怖がらせたいわけではないぞ、ブリジット。わしはきみの勇敢さを、忍耐強さと狡猾さを、何より優れた英知を知っておる。そしてわしにも知らぬことがあるということじゃ。きみのような若者に、わしの無知と無謀とを知られることがひどく恐ろしいほどにの……」

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