「あなたは誰?」
 黒いローブの裾を引き、ブリジットは小さな声で尋ねた。
 教室へ向かおうとしていた彼はバランスを崩し、照れたように顔を傾けた。
「きみは誰?」
 夢で見たセドリックとそっくりの少年は、ブリジットの不安と好奇心の種だった。やがて大切な友人となり、彼を超えることを至上の命題とし、悪夢が悪夢でないことを知った。
「あなたを助けたいの」
 涙で腫れた目尻をなぞり、セドリックはほほ笑んだ。湖までの道のりで彼をからかう同級生に転ばされて膝頭を擦りむけたセドリックに対し、ブリジットが使った治癒の呪文は彼の血の色を青くするばかりだった。
「ありがとう」
 そして困ったような笑みに変わる。
「でも僕はこれくらい平気だから。ブリジットの優しさを僕ばかりもらうのは平等じゃない。僕はきみに、何をしてあげられるのかな」
「何も」
 ブリジットは言った。
「何もしないで。いつまでもわたしのそばにいて。笑って、ずっと笑ってわたしのそばにいて」
ブリジットはすごく欲張りだ」
 くすくすと笑い、セドリックはたわいのない友人の願いに従って、夕食の時間になるまでずっとふたりでお喋りをして過ごした。
 湖を風が吹き抜けている。湖畔に花が咲いている。
 ブリジットは目を閉じ、芝生に寝そべり、幸福な夢と手をつないでいつまでもそこでまどろんでいた。

I Wandered Lonely as a Cloud・了 1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7